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静岡地方裁判所 昭和44年(わ)138号 判決

被告人 山口昌利

昭一九・三・一八生 大型特殊自動車運転者

主文

被告人を禁錮八月に処する。

ただし、この裁判の確定した日より、二年間、右の刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中道路交通法違反(無免許運転)の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は大型特殊自動車運転の業務に従事していたものであるところ、昭和四三年八月一二日午後三時四五分ころ、庵原郡富士川町北松野字中野五番地三信工業株式会社構内通路において、大型特殊自動車(ドーザーシヨベル)を運転し後退させようとしたが、およそ自動車運転者たる者は後方の安全を十分確認して後退させもつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、通行人はないものと軽信し、十分後方の安全を確認しないで漫然後退させた過失により、折から自車の後退進路上を歩いていた幼児石井雅美(当時満一年六月)に全く気付かず、自車左側キヤタビラーで同児を轢過し、因つて同人を頭蓋挫滅、胸部挫滅に基づき即死するに至らせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に該当するので、その所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮八月に処し情状に照らし刑法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日より二年間、右の刑の執行を猶予することとする。

(一部無罪の判断)

本件公訴事実中「被告人が昭和四三年八月一二日午後三時四五分ころ、静岡県庵原郡富士川町北松野字中野五番地先道路において、公安委員会の免許を受けないで大型特殊自動車(ドーザーシヨベル)を運転した」との事実について検討するに、道路交通法にいわゆる「一般交通の用に供するその他の場所」とは、現に公衆、すなわち不特定多数の人、車両の交通の用に供されている場所を指称するところ、証拠によれば、被告人が本件自動車を運転した場所は砕石の生産、販売を業とする三信工業株式会社の構内の場所であつて、該構内への出入口には事務所の建物があり、事務所前の電柱に無断立入禁止を表示したブリキ板が貼られており(最近には事務所前に同趣旨を表示した制札が立てられた)、同所から本件事故現場付近までは幅員は一定しないが、大型自動車の通行可能な平坦な道であり、更に奥には工事機械を設置した作業場、ホツパー等が設備され、右の通路脇の広場には製品たる砕石の山が点在し、作業場の奥は事務所から約四〇米北進して行き詰りとなり、通り抜けることは不可能な状態にあつて、本件事故当時被告人が本件自動車を運転した場所は一般の交通の用に供されてはいなかつたことが認められる。もつとも、証拠によれば、本件当時、東名高速道路の建設を請負つた特定業者に納入するため、建材業者のダンプカーが多数、該場所に出入りしていたことは認められるけれども、この出入りの建材業者は同会社が指定した者に限られ、しかも、ダンプカーが構内に立ち入る都度、同会社事務所でチエツクされていたのであり、又、証拠によれば、本件当時構内の運転手住宅に居住していた、本件事故の被害者石井雅美の父は右建材業者のダンプカーの運転者をしており、母美智子は夫と同じ建材業者の独身運転者十名位の者のため賄婦をしていたことから、同人らの知人とか商人といつた人々が該場所へ出入りしていたし、しかもこの立入りにつき、同会社事務所の検問を受けた形跡のなかつたことは認められるけれども、この立入りは、すべて、正当な用務がある場合等に限られ、右事務所においても当然この立入りを許可したであろう場合であり、以上の、いづれの場合も、未だ該場所を通行する、人、車の不特定性を認めるには不十分といわざるを得ない。

要するに本件場所が、「一般交通の用に供する場所」にあたることを認めるに足りる証拠はなく、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないので、刑事訴訟法第三三六条によりこの点につき、被告人に対し無罪の言渡をする。

(なお、本件場所は公図上町道となつているようであるが、永らく、道路として使用されず、現に三信工業株式会社の構内として使用されていて、町道として管理されている形跡なく、黙示的な公用の廃止があつたといえるのみならず、道路交通法上の道路とはいい難い。)よつて主文のとおり判決する。

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